浄土宗二祖聖光上人「ご遺跡ガイドブック」
作成の様子をお伝えするブログです。

2021年4月29日木曜日

ふじの寺 吉祥寺

 

ガイドブックの中で

真っ先に登場するのが

ご誕生の聖地 吉祥寺様です 。

 

 

一番はじめに取材(オンライン)したのに

けっきょくお邪魔するのが

最後になってしまいました💦(九州内で)

でも行けてよかった!

 

「ようやく来たか」と言われている気がしました 


北九州八幡にある吉祥寺様

ここは藤の花が有名。

時期になると、境内は紫色にそめられます

取材班がおじゃました時は

 

藤花ポーズをきめる理事長

 

すこしシーズンが過ぎていました

残念。

でも白藤は満開でした

 

 

見事に満開 近所の蜂(ハチ)が喜んでいました


御本尊は、おなかに腹帯をまいた

腹帯阿弥陀如来坐像。

ふだんは秘仏で、開山忌法要のときだけ

御開帳されます🙏

私もお参りさせていただき、そのお姿に感動いたしました。

 

ところで、なぜ「はらおび」か。

 

かつて聖光上人のお母さまが、聖光上人をご出産後に亡くなられるという悲しい出来事がございました。 その母の菩提を弔うために、上人が自ら彫られたお像なのだそうです。

 



難産で亡くなられた母を思い、

草庵を結ばれたのが吉祥寺様のはじまりです。

そのご本尊佛も、母を思って彫られたお像。

ここは二祖様の、

母への思いが感じられるご遺跡です。

 


もうすぐ母の日なので

自分はお菓子を贈ろうと思います。

 

参道から左の階段を上ると、

聖光上人の御両親のお墓もございます

 


 

また吉祥寺様では安産祈願も有名で

「安産腹帯」もありました

 

吉祥寺限定商品


腰痛が気になる自分がこれを巻いたら

どうなるんだろうと

男性なのに考えてしまいました。


取材の後に

フワッと藤の花のかおりがする

ソフトクリームを食べました🍦

けっこう美味しかったです



それと大本山善導寺様にあるような

せんべい もありました。名前入り。

おいしい

 



 「ふじの寺」吉祥寺...

いいですね。

 

うちのお寺なら、なんとつけようか。

自分のお寺だから

 

「ワシの寺」

 

いや、自分個人の所有物ではないので

やめておきます ワシの寺。

 


編集部 たかたちとく



 

 

 

2021年3月24日水曜日

逃げるは恥だが役に立つ けど逃げません

 

 

福岡県の久留米には

高良山(こうらさん)という山があります。

昨年12月に登りました

きつかった.... けど見晴らしは最高👍

 


そのむかし

高良山ふもとの草庵で、

聖光上人は

一千日の”無阿弥陀仏”ひと筋の行

別時念仏を修されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが、

そのふるまいを

快く思わない人たちがいました。


 

 

 

 

 

それは地元の修行僧たち

じつは、高良山は由緒ある修行の山で

多くの僧が修行する”聖地”でありました。

 

彼らは

聖光上人を許せませんでした。

自分たちとは違う勝手なふるまいを続けて

内心穏やかではないのです。

 

ついに。。。

 



 

 

 

 

 

「身勝手なことをしやがって! 」

「やつらをこの山から追い出すぞ!」

 


 

 

 

 

 

「やつのお堂に押し入るぞ」

「聖光はもちろん、他のやつも追い出すぞ!」


という手荒な計画をたてました。

実行は数日後の”朝”です。

これを聞いた聖光上人の弟子たちは慌てました

 


 

 

 

 

 

『ひぃいいいい こわいぃぃぃぃ』

『聖光様ぁ 逃げましょぅ』 


ところが聖光上人は


『なにを慌てておる?』

『私はここで、お念仏を唱え続けます』


と言われました。

弟子たちも聖光上人のお言葉、ふるまいに落ち着きを取り戻し、共にお念仏を唱えたのでした。逃げようとしなかったのです。


そして襲撃前夜

高良山の僧たちは、翌朝の突撃を前に

早めに寝ていましたが

不思議な夢をみたのです

 


 

 

 


 

 

 

 

それは大きな阿弥陀仏様が光を放ち、

聖光上人を照らしている夢でした。

 


 




 

おなじ夢を

高良山の僧すべてが、

襲撃メンバー全員が、

見ていたのです!

 


 

 

 

 

 

彼らは心を改めました。

「襲撃なんて計画しちゃダメだ」

「聖光上人に、謝ろう....」と思いました







 

 

 

 

「聖光上人様!大変失礼なことをしました」

「誠に、申し訳ございません!!!!!!!」

 

こうして一夜のうちに聖光上人に深く帰依するようになりました。

この出来事に感銘を受けた当地の地頭「厨氏」が大檀那となって建立されたのが久留米市の安養寺様です。

 

久留米ICのすぐ近く

 

三門わきにある掲示板には

ご住職様による手書きの張り紙があり

通行人の目に留まっています。

仏法に触れられる尊い掲示板です



安養寺様には二祖様の御廟

二祖様自作の御木像

元祖様と二祖様の石像などが安置されています。

 

また

手で引っ張るとカンカン!と、

大きな音がなる回転数珠があり、

うちのお寺にも欲しいなぁと思いました。

 




 

編集部 たかたちとく




2021年3月13日土曜日

聖光上人の腰かけ石

 

 

豊臣秀吉が座った腰かけ石

ヤマトタケルが座った腰かけ石

宮本武蔵が座った...

西郷隆盛が座った...

二宮金次郎が....

聖徳太子が...


日本には有名人が座った

「腰かけ石」というものがたくさんございます

 


そして実は

浄土宗二祖・聖光上人が座られた

腰かけ石も残っているのです。


それがこちら



上面が、見事に"たいら"です。

 

この石があるのは

久留米市の曹洞宗・永禅寺様。

かつては浄土宗であったそうで

昔は”陽善寺”とも呼ばれていたそうです。

 


 

聖光上人は永禅寺様がある高良山に登り、

この石にこしかけて

眼下の平野を見渡されました。

 

高良山から筑後平野をのぞむ
 

すると

お寺を建立するのにちょうどよい森が見えました。

その森を「井上ヶ原」といいます。

 

「 仏道修行道場の建立地にふさわしい 」

 

そしてさらに、

聖光上人の帰依者である

この地域の押領使「草野長平公」は

この森すべてを上人に御寄進されます。


そうして建立されたのが

大本山善導寺様です。


腰掛石が見晴らしのいい場所にあってよかった😊


さて現在、

参拝者や山歩きでお寺に来た方が

この腰かけ石を見ると...

やはり 座る方が多いそうです。

ただ中には

手でさすって「〇〇が叶いますように」

と、お願いする方もいるとか。

試験の前日にやってきて

石に頭をつけて

 

「合格しますように🙏」

「頭がよくなりますように🙏」

 

スリスリしていく方もおられます。

 

なので、理事長も。

 

私も
 


頭がよくなるように額をつけさせて

いただきました🙏

 

でも僕は

腰痛が不安だからやっぱり腰かけたほうが...

と思いました。

あと、膝も痛い時があるし足もくっつけたい。

お腹もくっつけたい

 

もはや寝っ転がるしかない

でもそんなことできない。

 

ていうか

欲張りすぎだし。

貪の煩悩おそるべし


私には南無阿弥陀仏しかございません


 

合掌

 

編集部 たかたちとく

 

 

 

 

 

2021年2月22日月曜日

シリーズ往生院 その3

 

熊本城のほどちかく

熊本市池田に現在の往生院様はございます

 

 

門前から見た景色。

写真の右にある参道をすすむと

本堂が見えてきます。

 


いつ見ても風格があるなあと思ってしまいます。

聖光殿とよばれるご本堂

中央には聖光上人がおまつりされています。

 

聖光上人像は扉の中に
 

扉が開くのは開山忌など、特別な日のみです。

 

往生院様にはご真筆の授手印がございます

取材の際に、特別にお見せいただきました。

ここでは写真を掲載できませんが

拝見する前の緊張した雰囲気をご覧ください。



 

この他にも

往生院様には聖光上人の御歯で作られたと言われるお地蔵様や、熊本市の文化財「木造三十三躰観音菩薩像」などが安置されています。

 

さらに境内には、

市の重要文化財「放牛の石仏」も。

真ん中が百体目の石仏

放牛とは、かつてこの地に住んでいた鍛冶屋の倅(せがれ)のこと。酒飲みだった父が侍に粗相をして無礼討ちにされてしまった。

その菩提を弔うために、放牛は石仏を作りはじめる。全部で108体ほど作られ、ちょうど百体目が安置されています。

 

見どころいっぱいの往生院様

アクセスは、やっぱり車もいいですが

バスも便利です。


 

 

バスのおかげで市街地から来やすい。

筆者もたまーにバスを利用します!

コロナで最近は乗る機会がないのですが...

 

運動不足の方には

市街地から歩いて来ることもできます。

市街地から3キロ

 

お城からは2キロほど

私も、往生院様で研修会などある際は 

この数キロの道のりを

運動のために歩いて行くことがあるのですが… 

 

車で通りがかった先輩が

「俺の車に乗っていきなよ!」

と言ってくださるのです。 

 

 

ありがたいです 

お浄土へお救いくださる仏様のようです。

御礼申し上げて

先輩の車に乗り込むのであります。








 

でも、私は凡夫です

 

 

 

 

 

 

 

「運動のために歩いているんだけど

無下にお断りするのも失礼だし

乗らないとなぁ」

 

という言葉が

0.2秒ほどで脳内に浮かびます。

 

喝っ!

 

サ〇デーモーニングで取り上げられれたら

喝だっ!

とハリーさんからお叱りを受けるでしょう。 

そして、もう二度と

先輩から声を掛けていただくことはないでしょう。。

ごめんなさい

 

 

合掌

 

 

 

編集部 T

 

 

 

2021年1月30日土曜日

シリーズ往生院 その2

 

往生院様はかつて

熊本市”大江”にありました。

ですが、近くの白川が氾濫するので

 ”室町”という場所に移転します。

そこは古町(ふるまち)とも呼ばれる地域

 

よく見たら往生院と書いてあります

加藤家が熊本を統治した時代に

移転したそうです。

加藤家といえば、

加藤清正。

清正公が作ったお城が...

 

 

熊本城!
 

 

清正公は熊本城を守るために、

城下町を整備しました。

それで作られたのが

道路お寺

ブラタモリで言ってました😎


城下町の道路は

最初まっすぐだけど、先はクネクネしています。

 

最初まっすぐだから敵兵さん歩きやすい😀

ただ道の先は、曲がり角が多い😅

スピードが落ちる😕

すると、

道から一歩奥にお寺があり😨

そこに自軍が隠れていて😱

奇襲できる。。😈

 
https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhVEVxsHSOazpRiHCopSViqYKTrppUGPw2biwL9WLia44hkjUnI4Z6A7tegfbs2fRhm_1juHhiheDWyEJdFBqbfhHSokOISxUyIXa7iL0_zu4y5VvHEh8MLwL34BVBN4kiYRHHeepmXpRYB/s800/sengoku_busyou_shiki.png

 

ザっと説明するとこんな感じで

城下町が作られました。

ブラタモリで言ってました😎

 

そして

往生院様も道路から一歩奥に

存在していたようです。

現在の様子がこちら

 

通りからビルの合間を進んでいくと...

八尋神社が


今は八尋神社と、鍛冶屋町公園がございます

往生院様がかつてこの地にあったことから

古往生院(ふるおうじょういん)

とも呼ばれています。

 

神社の管理者によると

古くなった神社を整備する際

ここにお寺があったことは分かっていたので

仏教的な形の供養碑も建てられたそうです。

 

供養碑


お地蔵さまも

 

そして

往生院様はよりお城の近くへと移転されます。

つづきはまた次回です。

 

ちなみに

古往生院さまがある「古町(ふるまち)」は

古民家を改装したオシャレなお店も多く

街歩きするのも楽しいです。

 

 

川沿いには

「蛇口をひねればミネラルウォーター」

の水道もあります。

熊本市は水道水がきれいなのです。

私は

蛇口をひねれば焼酎

蛇口をひねればお金

があったら、と思ってしまいました。。

 

だから私は愚か者😥

きれいな水を頂けることが、

なんとありがたいことか。気付いていない。

反省しました。

ごめんなさい。

お水を大切にします🙏

 

 

編集部たかたちとく

 

 

 

 

2021年1月15日金曜日

シリーズ往生院 その1

 

本年もよろしくお願いいたします。

 

新年、最初の投稿は

わたくしの地元”熊本県”のご遺跡

往生院様について

書かせていただきます。


往生院様は、

そのむかし聖光上人が 

末代念仏授手印を著された聖地です。

 

末代念仏授手印とは・・・

聖光上人67歳(師僧である法然上人十七回忌の年)、門弟の間で思わぬ念仏信仰の大論争がおこりました。これに対して聖光上人は、優秀な弟子20余名を往生院に集めて、四十八日間の別時念仏を修されます。

そして法然上人の御教えが末代まで相続されるように筆を執られたのが

「末代念仏授手印」であります。

 

その往生院が、

かつて建っていた場所が

いまでもご遺跡として残っているのです。

 

さっそく行ってみましょう!

 

ひろい!

住宅街の中にあるご遺跡。

見晴らしのいい境内には

高さ10mの宝塔や、様々な石塔が立っています。

昭和6年、授手院保存会によって建立された十三層石塔
 

地元では旧往生院(きゅうおうじょういん)

と呼ばれています。 

地図上では「あみだ堂」と記されています

入り口にも”あみだ堂”

大通りからも離れていてとても静かな場所です。

 

かつてお堂があった時代には、

地元浄青会による清掃・お別時が行われ

二祖様のご遺徳を偲んでいました。

旧往生院阿弥陀堂 なつかしい

 
ほんなこてなつかしかー(本当になつかしいなぁ)

この往生院様、

もとは天平年中に行基菩薩が開基された

広大な境内を持つ寺院でした。

ところが・・・

近くを流れる「白川」が何度も氾濫して💦

衰退してしまいます。

その後、安貞二年に浄土宗寺院となり

聖光上人のお別時も修されますが

やはり白川の氾濫💦などで移転されたのであります。

往生院様は現在”熊本市池田”にございます。 

 

下の写真が白川↓

ご遺跡から歩いて5分ほどの場所📷

 

旧往生院様は右岸のずっと奥。左岸のビルは熊本大学の校舎


門弟の大論争からお別時を修され

末代念仏授手院を著されたご遺跡。

浄土宗にとって、とても大切な場所です。

 

さて、

ご遺跡のちかくに

こんな看板がありました。

 

Don't think Feel

考えるな 感じろ

ブルースリーの名言が書かれた看板。

お念仏も同じでしょうか。

 

考えるな 唱えろ

 

南無阿弥陀仏。



編集部 たかたちとく